洛中洛外 虫の眼 探訪

洛中巨樹探訪
賀茂川右岸を歩く
2009年10月28日(Wed)
aoimatsuri1 賀茂川は、高野川と合流する出町より上流では、賀茂川あるいは加茂川と書くならわしである。賀茂川の右岸の堤防上の道路を加茂街道と云う。南は葵橋の西南詰めから西賀茂北の森町の高橋までの堤防沿いの新しく開発された道路である。昔の鞍馬街道に替わって貴船や鞍馬などに抜ける主要な道路となっている。京都の三大祭りの一つ、葵祭はこの街道をみやびやかに行く。                kasennjiki
 道路の東側の賀茂川沿いの広い河川敷は鴨川公園となっていて、芝生や灌木が植栽され、ゲートボールやペタンク、テニスがたのしめるグランドもある。その間をぬって遊歩道や自転車道が整備されている。
 この河川敷から道路に出る法面(のりめん:土を盛ったりしてできる人工的な斜面のこと)にはニレ科の喬木、アキニレ、ケヤキ、エノキ、ムクノキが列をなして繁り、西側の法面の木々といっしょになって緑の明るいトンネルが出来ている所が何カ所かある。昔は交通量も少なく鬱蒼としていた印象が子供心に残っている。加茂街道緑のトンネル

 以前から堤防両側に生えている樹木の大きさを測って地図を作成してみたら面白いと思いつつ、本格的に着手するきっかけがなかった。さいわい、今年で3回目になるグリーンあすなら自然観察会「京都の巨樹探訪 III」のコースの一部に賀茂川の河川敷を葵橋から御薗橋まで歩くことがきまり、その下見も兼ねて出町から上賀茂神社まで、巨樹と云わぬまでも、めぼしい木の大きさを測って歩いた。環境庁の基準では幹周り3m以上の木を巨樹というらしいが、樹種によってはそれ以下でも巨樹にふさわしいものが多いし、2mを超えれば、そばによて見上げるとその存在感は大きい。1.50mになると両手で抱えられない。というわけで、別に何が巨樹かという基準も設けずに、眼につくままに片っ端から測ってみた。
 環境庁(当時)の第4回自然環境保全基礎調査の報告書である1991年発行の「日本の巨樹・巨木林 近畿版」では加茂街道の幹周り3m以上の巨樹は、2.6Km間に並木として20本が記載されている。その中で最大幹周の木は4.14mのムクノキである。樹種としてはムクノキの他にケヤキ、エノキ、エゴノキが記載されている。最後のエゴノキは明らかに誤記で、おそらくエノキのことであろう。この件については「洛中洛外虫の眼探訪」の2009年6月号の「エゴの木を植える」で言及したが、今回の調査でもエゴの木は見つからなかった。幹周りを計測した木は3,325m間の151本である。樹種は、アキニレ、ケヤキ、エノキ、ムクノキのニレ科の4種、クロマツ、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、サルスベリ、トベラ、ヤマクワ、アラカシ、カキ、キンモクセイ、シダレヤナギである。
 それでは、出町橋のたもとのシダレヤナギの古木から御薗橋たもとのケヤキまで、賀茂川右岸の樹木を見て、測って、撮って歩こう。



 上に示したのは、Google Mapの航空地図上に、計測した主な樹木をプロットしたものです。図中の+マークをクリックするごとに大きくなります。地図上をドラッグすれば好きな場所に移れます。緑の樹木マークの一つに注目して、どんどん大きくしていくと冬枯れの落葉した枝が作る樹冠を見ることができます。樹木マークをクリックすればその木の名前が知れます。さらにより詳しくは、幹周りを計測した木、185本すべてを京都市の都市計画地図(縮尺1/2,500)上にプロットした図を、下流域(出町橋から出雲路橋まで)、中流域(出雲路橋から北山大橋まで)と上流域(北山大橋から御薗橋まで)の3つに分けて掲載しました。上の文中のの青色の上流域、中流域、下流域の文字ををクリックしてください。
 新しい発見等、個々の樹木についての説明は、下の「賀茂川右岸の巨樹調査概要」に記す。

賀茂川右岸の巨樹調査概要
 1. メートル単位で示した幹周りは、小数点以下二桁目を四捨五入したものである。
 2. 本文中の[ ]内の数値は樹木地図中の番号に対応している。
 3. 樹木地図は全行程、出町橋から御薗橋までを3分割して作成した:
  (1) 出町橋から出雲路橋
  (2) 出雲路橋から北山大橋
  (3) 北山大橋から御薗橋
 4. 本文中の1〜5の表題をクリックすれば該当部分の地図が拡大表示される。
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  お手数をおかけしますが、ご容赦下さい。


1出町橋から葵橋まで205m
1 shidareyanagi a 出町橋西詰、公衆便所の側にシダレヤナギ[1]の古木がある。向かって右手、南側に鯖街道口の碑が建つ。10年程まえ、主幹が伐採されてから、背丈が低くなり、なかなか元気を取り戻さなかったが、ようやく最近、小枝が繁茂し始めなんとか丸い樹形を取り戻している。残っている主幹は本空でしかも表皮の半分は欠損している。そのため主幹の幹周を測定するのは難しいが、かってあったであろうと思われる形を復元して測定すると1 shidareyanagi b 3.50mになった。出町柳界隈に大きなシダレヤナギが少なくなったいま貴重な存在である。
 出町橋から葵橋まで200mの間にはソメイヨシノとクロマツの並木が見られる。特にソメイヨシノは全部で6本[2, 3, 4, 6, 8, 10]もあり、その中の3本は立派である。南から4.2m[3], 3.4m[8], 3.2m[10]とれっきとした巨樹である。3本とも堤防斜面にあり、長い枝を河川敷へ低く伸ばし、毎年この下で花見の宴が催される有名なお花見の場所である。この6本のサクラの間には抱えきれない大きさのクロマツが植わっている。それぞれ幹周は1.7m[7]と2.0m[9]。サクラとマツが交互に植えられた並木のようで、ここから北の堤防上にこのような並木が何カ所か見られる。
 葵橋の南西詰にある階段を降りた所に幹周2.5mと1.5mのアキニレ2本[11]がある。さらにもう少し南にも桜に混じって幹周2.65mのアキニレ[5]が隠れている。アキニレは葵橋より上流、出雲路橋までの間には何本も見られるが、河原に自生する雑木であり一般に注目されること少ない。幸い、何本かの幹に樹名を記した札がぶら下げてあり、それと知ることが出来る。アキニレはイシゲヤキ、カワラゲヤキ、ヤマニレともよばれるニレ科の落葉高木である。秋に花が咲くニレ科の木であるからアキニレである。ニレと云えばハルニレを指す。ハルニレが北海道、本州産地に自生するのに対してアキニレは本州中部以南、四国、九州、さらにもっと暖かい台湾にも分布している。

2 葵橋から出雲路まで 775m
 広々とした葵橋の下をくぐり抜けると、鴨川公園の河川敷に出る。このあたりにはアキニレが多いが、その中でも葵橋から100mほど上流にあるこぎれいなベンチのたもとですばらしいアキニレの巨樹[18]にでくわす。その低くたれ込めた枝張りの広さに驚く。幹周りも3.2mとアキニレにしてはたいへん太く、しかも一幹ですらっとしている。この近辺には他にも9本のアキニレ[12, 13,16, 19, 20, 21]が認められ、その内の1本は幹周り3.0mの巨木[21]である。
 アキニレの他にニレ科の樹木としてはムクノキ[14]とエノキ[40]がそれぞれ1本あるがケヤキは認められない。これが、出雲路橋より上流との際立った違いである。   
 一方、幹周り2m前後のソメイヨシノの古木は何本も見られる[22〜29, 32〜34, 36, 38, 39, 42]。この中で34番が幹周3.5mで最大である。このソメイヨシノ並木間にクロマツの巨木[30, 31, 35]が何本か残っている。
 

コラム アキニレの巨樹

  奥多摩町森林館 巨樹・巨木データベースより

3 出雲路橋から北大路橋まで680m
 出雲路橋をくぐったところにグランドがある。この南西端、加茂街道を後ろにしてエノキの巨樹2本[45, 46]が聳えている。出雲路橋の北西、加茂街道を渡る横断歩道の側に「志波無桜」碑があるが、このたもとに幹周り2.4mのエノキ[44]が育っている。さらに加茂街道の向側の土手にもう一本ある[47]。いよいよここら辺りから、エノキ、ムクノキ、ケヤキの独断場となる。最大幹周り4.3mのエノキ[45]には、「区民の誇りの木」の札が取り付けられている。賀茂川をはさんで西側は北区、東側は左京区であり、この木は北区の誇りであるということか。この北側にひっそりと隠れているのも幹周り3.0mの巨木である[46]。加茂街道の向側の土手にあるのは一回り小さいがそれでも幹周りは2.4mを測る[47]。
 ここからグランドを通り越し暫くはまだ、歯抜けしたソメイヨシノとクロマツの並木が続くが、すぐにエノキの巨樹に出くわす[58]。幹周り3.7m。それを過ぎると、紫明通り挟んで、ケヤキ[59, 66, 79, 80]、ムクノキ[61, 65]、エノキ[60, 62, 63, 64, 67,68, 69,70, 72, 73, 74, 75, 77, 812, 82]が群立している。その中でもエノキの多さが際立っている。特に大きいエノキは北大路橋のたもとの2本で、幹周りは3.9m[81]と3,7m[82]である。ケヤキはこれよりやや小振りで66番の幹周り3.15mが最大である。ムクノキの数は少ないが、幹周り3.2mの一本ががんばっている[61]。
 これらの喬木の間にはけっこう大きいソメイヨシノが3本[71, 76, 78]見られる。


コラム 志波無桜碑
 賀茂川堤の桜は、京都市歴史博物館のフィールドムージアム京都の「いしぶみデータベース」によると日露戦争の戦勝記念に、京都府師範学校教職員・生徒,同附属小学校児童によって明治38[1905]年植樹されたことに始まるとある。「師範桜碑」が出雲路橋の傍に建っている。この文面からすると桜楓数千本が植樹された。また、京都教育大学教育学部附属京都小学校百周年記念誌でも賀茂川葵橋より御園橋に至る両岸の堤防に桜楓を植えることが職員会議で発議された。教職員・生徒・児童の醵金と労力奉仕により,同年11月22日に桜樹2279本・楓樹735本の植付けを完了し,12月2日に桜楓樹植栽植付完了記念式が挙行されたことが知れる。
 これが正しいとすると、賀茂川堤防のあちこちに見られるサクラとマツの並木はの残りは「師範桜」ではないことになる。植樹されたのは葵橋より北、植樹された木は桜とモミジで桜と松ではない。この堤防にはモミジはほとんど残っていない。戦勝記念には日本自慢の桜と松の組み合わせのほうがありえそうに思えるのだが。ということで賀茂川堤防の桜並木の由来ははっきりしない。


4 北大路橋から北山大橋まで840m
112 enoki この間にもエノキ、ムクノキ、ケヤキのニレ科喬木が数多く見られるが、ケヤキが優勢となる。幹周り2m以上のケヤキが8本[85, 86, 89, 99, 111, 113, 115,122]もあり、またケヤキ並木と云ってよいくらい群生している箇所が見受けられる[105]。幹周りが3mをこえるケヤキは、99番の3.2mと115番の3.7mの2本ある。次に多いのはエノキの5本[83, 83bis, 92, 112(写真), 120]であるが、いずれも巨木で, 83bis以外の4本が3mをこえている。ムクノキは2本[93, 117]と少ないが117番のムクノキは幹周り3.9mと一際大きい。アキニレも一部[109]で見られる。
101 yamaguwa サクラはこの間でソメイヨシノの他にヤマザクラ[106, 114, 121]が目立つようになる。88番のソメイヨシノは幹周り3.3mの古木である。例によってサクラに混じってクロマツも数多く見られる。その中では98番のクロマツが幹周り2.8mで最も幹周りが大きい。
 加茂街道の西側、堤防斜面にヤマグワの巨木が生えている(写真)。根際から4本に分かれており、幹周りが最大のものは1.9m、根際で測定した幹周りの全周は5.6mに達する巨木である。


コラム ヤマザクラの見分け方yamasakura
 ソメイヨシノとヤマサクラを落葉した秋に見分けるには、芽鱗を比較すればよい。芽鱗の先が外側に向き、剥がれているのはヤマサクラである(右図)。
 細かすぎて見難い場合には、そっと指先でなぜてみればよい。ちょっと刺がさす感じがすればヤマサクラである。ソメイヨシノの芽鱗はとげとげしていないから容易に判別できる。この図も見にくければ、クリックすれば拡大した図が見られる。

 
5 北山大橋から上賀茂橋まで440m
124 keyaki 相変わらず、エノキ、ムクノキ、ケヤキのオンパレードである。エノキ11本、ムクノキ7本、ケヤキ12本が記録された。特にケヤキの巨木が目立つ。124番(写真)の4.1mと146番の4.3mは特筆すべき大きさである。エノキの最大幹周りは3.3m[135]と少し小振りである。ムクノキは目立たないが、3.7mの巨木[149]がある。
134 yamasakura158 kawasakura サクラは幹周り3.6mのソメイヨシノ[129]、幹周り3.1mのヤマサクラ[134(写真)]の巨木が注目すべき存在である。また、皮だけで生きているソメイヨシノの古木がある[158].
 モミジの比較的大きい古木がある[157, 161]。それぞれ幹周り1.4mと1.9mである。

6 上賀茂橋から御薗橋まで590m
 この区間ではエノキの巨木が目立って多い。幹周り4.0m の164番、同3.9m の171番、さらに、高さ1mで幹周り3.7mと2.7mの二幹に分かれているが、分岐前ノ高さでの幹周りが5.0mもある182番の3本である。164番のエノキは古木で、エノキにしては珍しく脂をだして風下に石油くさい匂いを振りまいている。171番のエノキは、中央分離帯の北端にあり、分離帯上の南側には小振りのエノキが何本も並んでいる。182番のエノキはかも街道の西沿いの民家の前に板根を張り出し少なくともこの民家が建つ以前より存在していたものであろう。
 ケヤキはこの区間では一回り小さい。最大幹周のものでも3.1mにすぎない。ムクノキは見られなかった。
 ニワウルシの巨木が2本見られた。163番のニワウルシは雌株で地上0.7mのところで同じくらいの太さの2幹に分かれている高木である。ちょうど上賀茂はしのバス停留所のところにあり真夏にはバスを待つ人に快い木陰を提供している。167番のニワウルシは雄株で幹周り3.1mの巨木に成長している。場所は賀茂川中学校のグランドの南端の外側の土手の下にある。夏の終りにここから飛んだ花粉が、上記の雌株の花に届けられ、秋に実をつけ、それが風に舞って河川敷におちて、以前はたくさん芽吹いていたそうである。
 賀茂川中学校ががある辺りの加茂街道西側には、かなりの密度でソメイヨシノが植樹されており、並木が形成されているが、いずれの木も弱り始めている。早く植え継がないと歯抜けとなることは目に見えている。

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